『一日一笑』

  • 2年4カ月ぶりの「聖地」

    2年4カ月ぶりの「聖地」

     熊本市北区にある葬祭場「玉泉院植木会館」のイベントに、相続漫才®︎で出演した。2021年4月の同会館のオープン以来、この場所を「ホームグラウンド」として、あかりテラスは毎月、相続漫才&終活セミナーを行ってきた。途中、コロナ禍の時期も、同会館のご協力でほとんど休むことなく、続けることができた。この日のステージは、2023年12月の最終開催以来、2年4カ月ぶりだった。相続漫才が「聖地」に帰ってきた!

     同会館に一番感謝している点は、さまざまなチャレンジと、試行錯誤を繰り返す場所を提供していただけたこと。終活セミナーでは、通常の相続漫才だけでなく、同会館の西本館長にも出演いただき、「相続コント」を行ったこともあった。また、お笑いで心をリフレッシュするとともに、参加者に健康になってもらおうと、体のメンテナンスとして「健康体操」を取り入れたこともあった。相続漫才のネタのバリエーションも、これまで30種類以上披露し、都度、ブラッシュアップしてきた。そんな思い出の一つ一つが頭をよぎり、感慨深かった。

     この5年の間で、相続漫才®︎は、地域の公民館を中心に、年間約80会場、参加者も1600人を超える人気のコンテンツに成長することができた。それもこれも、この原点があったから。「だいじなことを、楽しく明るく」。参加者の笑顔を今日もたくさん見ることができた。これまでの道のりを振り返り、今後の展開を考える、とても有意義な1日だった。(山下)

  • 「社会福祉士」勉強中

    「社会福祉士」勉強中

     言うか言わないか迷ったけど、言っちゃおう。私、現在、社会福祉士の資格取得を目指して、2025年4月から通信制の学校に通っている。毎月2つのテーマでレポートが課せられるのだが、昨日、期限ギリギリで今月分をなんとか出し終えた。ふーっ。

     誤解のないように言っておくと、今の仕事を辞めて、福祉の仕事につくことは毛頭考えていない。これからも、あかりテラスで、社会に貢献したいと思っている。では、なぜ社会福祉士? 理由はいろいろある。例えば、今の仕事に役立ちそうだから、とか、人脈を広げたいから、とか、人として成長したいから、とか。でも、一番は、今いる法律の分野と、今学んでいる福祉の分野を橋渡しして、これからの社会に役に立つ、面白い仕組みやサービスを創り出したい、といったところかな。まだ世の中になくて、しかも楽しいものを考えて、生み出すのが好きみたい。相続漫才とか。

     自宅の机のマットに、一枚のコピーを挟んでいる。7、8年前の、コピーライター糸井重里さんのコラム「今日のダーリン」。そこには、笑福亭鶴瓶さんが落語を始めたのは50歳だった、という内容が書かれている。そして、「なにかをはじめるのに『もう遅い』と思っちゃだめだなぁとつくづく思います」と糸井さん。さらに、糸井さんがウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を始めたのも、50歳だったという。50歳過ぎて何かを始めると、「今さらどうした?」と周りに言われがち。だけど、大御所2人のこのチャレンジ精神に私もあやかりたくて、目につくところに、コラムを貼っている。

     私は入学時51歳。52歳で卒業。そして、来年53歳で試験に合格する予定だ。普段は不言実行タイプで、合格したときに、周囲をワッと驚かせたい、みたいな性格。だが、今回は、是が非でも結果を出したい。そこで、「いろんな人が結構知っている」という環境の「圧」の力を借りて、「自分に甘い」自分にムチ打って、「有言実行」といきたい。そして、願わくば、大御所のお二人のように、60代、70代になっても、人生にきれいな花を咲かせ続けたい。(山下)

  • 子どもの手伝い

    子どもの手伝い

     家族は共同生活である。手伝いというが、一緒に生活しているのだから、家事を手伝うのは当たり前ではないか。なんて親になっては思うが、子どもの頃は考えたこともないし、親がしてくれることに甘えていた。むしろ家事を手伝うことは自分の時間を削り、自分の労力を提供しているのだから「ありがとう」と言われることは当たり前であったように思う。手伝ってあげていたような感覚だった。

     しかし、そんな感覚は親の愛を受けていたし、甘やかされていただけかもしれない。

     その分だけ、親への感謝に気付くことに遅れた気がする。皆それぞれ親に感謝するタイミングが来ると思うが、私の場合は、親元離れた19歳の時だった。家の借金を返すためと思い、埼玉県に働きに出たが、ご飯を作ることも、洗濯することも自分でしなくてはいけなくなった。むしろ家の借金を返すために働きに出たのだから、一人暮らしを経験してもなお、家事についてはまだ、自分がしてあげているという感覚が抜けなかった。

     しかしながら、生活は毎日のことである。洗濯しなければ服はないし、飯は毎日食わなければいけない。外に飯を食いにいけばいいと思ったが、自分で払う金は、本当にこれがこんなに値段がするのかと感じたし、自分で作ればもっと安いのにもったいないと思った。パチンコに行って大負けして、親に金を送ってくれとお願いしたこともある。家を支えるためが、むしろ金をせびることもあった。

     子どもには手伝いをさせるべきだと思っている。本当はゲームやYouTubeを見たいのだろうが、声をかけると嫌々ながら手伝ってくれる。手伝いとは手伝ってもらう方が使う言葉と思う。手伝う方が使ったらおかしい。してあげていると思う方がおかしい。

     人の気持ちがわかる、人の気持ちになれる子どもたちに育てたい。(宮村和)