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  • 感謝の涙

    感謝の涙

     サッカーワールドカップの日本代表に、長友佑都選手が選ばれた。今年誕生日を迎えれば40歳。4年に一度の大会に、5回連続出場という快挙だ。その長友選手が、代表選手発表の瞬間を撮影した動画で、涙を流していた。涙の理由について「感謝の気持ちが一気にあふれてきた」と語った。

     この年齢になるまで、日本でトップクラスの実力を維持し続けた裏には、長友選手個人の圧倒的な努力があったはず。しかし、それが今回報われた、というような個人的な感情ではなく、選ばれたのは、支えてくれた家族や、所属チームのスタッフ、チームメイトのおかげなのだと、何の迷いもなく、そして清々しく、感謝の気持ちを表している姿に、とても心を打たれた。

     こんな偉大な選手の話題の後で大変恐縮なのだが、私にも感謝の気持ちをずっと表したい人がいる。私は、今「行政書士」として活動しているが、その前は、「司法書士」を目指して、昼アルバイト、夜試験勉強という日々を、何年も(具体的な年数はあまりに恥ずかしくてご勘弁ください)繰り返していた。何年も、ということは、つまり、そういうことだ。年に1度の「不合格」の発表のたびに、その人をがっかりさせた。

     長友選手のように、結果を出せれば、もちろん良かったのだが、結局それができなかった。でも、そのときの勉強が、今相続の相談にあたる際に、とても役に立っている。また、その頃、人前で堂々と職業を言えずに悔しい思いをした。雨の日も雪の日も朝3時に起きて新聞配達を続けた。今思えば、そうした経験によって、他人の辛さや苦しみが少し分かる人間になれたような気もする。人生に無駄なことは何一つないとしみじみ思う。

     でも、いつか、長友選手のように、感謝の涙を流したい。ずっと私のことをあきらめないでいてくれた人と一緒に。だから、絶対長生きしてね。(山下)

  • 元サッカー小僧のつぶやき

    元サッカー小僧のつぶやき

     サッカー元日本代表のディフェンダー、柱谷哲二さんが、最近のYouTube動画で、かつての「ドーハの悲劇」を思い出し、涙を流していた。それを見て、私も胸が熱くなった。もう30年以上も昔の出来事なのに、ただの元サッカー小僧にしかすぎない私ですら、あの悔しさは忘れられない。当時代表のキャプテンだった柱谷さんの涙には、私には想像もできないような、さまざまな思いが詰まっているのだろう。

     「ドーハの悲劇」のとき、私は大学2年生だった。小学2年生からサッカーを始め、高校まで続けた。漫画「キャプテン翼」にハマった世代。ただ、当時の日本サッカーといえば、まだ「Jリーグ」もなく、国内の一流チームの試合であっても、サッカー場には閑古鳥が鳴いていた。ワールドカップなんて夢のまた夢。そんな時代だった。

     93年にJリーグが開幕。ジーコやリネカーといった世界の名だたる一流選手が日本に集い、スタジアムは連日満員となった。そして、同じ年の10月、今まで一度も出たことのなかった、日本のワールドカップ出場が、目前に迫った。しかし、あと一歩のところで失点、予選敗退となった。あの相手選手のヘディングシュートがゴールに吸い込まれるまでのコンマ数秒間は、ほんとに時間がゆっくり流れ、「わー、入ってしまうー」と信じられない思いと共に、ただそれをテレビの前で見届けるしかなかった。そんな光景が鮮明に思い出される。

     今では、当たり前のように、ワールドカップに出場し、それどころか、前回大会では、ドイツやスペインといった強豪国を破るほど、強くなった日本。国立競技場のスタンドがガラガラの時代を知る人間からすると、この30年での日本サッカーの躍進ぶりには、ただただ驚かされる。そして、今年2026年6月には、ワールドカップの北中米大会が開催される。日本代表を応援するのはもちろんだが、世界各国の一流選手によるスーパープレイの数々を思う存分堪能したい。(山下)