カテゴリー: 相続相談の現場から

  • 死後に離婚?

    死後に離婚?

     今日はちょっとマニアックな「姻族関係終了」について。「いんぞくかんけいしゅうりょう」と読む。簡単にいうと、夫婦の「義理」の関係を終わらせること。例えば、夫婦のうち、夫が先に亡くなったときに、妻が、夫側の親族との縁を切ることができる。

     何のためにこんなことをするのか? 夫が存命の間、妻が、夫の両親と長年同居してきたような家を想像していただければいい。夫にとっては、実の親。でも、妻からしてみたら、義理の親。嫁姑(しゅうとめ)の関係は、必ずしも良好とばかりいえない。むしろ、姑からのいじめ、嫌がらせなんて話は、ドラマでもよく登場する筋書きだ。

     その状況で、夫が早世した。この後、妻はそのまま義父母との同居を続けるのか。義父母との関係が良くない場合は、その点思い悩むだろう。民法730条には「同居の親族は、互いに扶(たす)け合わなければならない」とあり、同居する以上は、扶養する義務を定めている。

     こういった状況で、妻が、義父母や義理の兄弟姉妹との縁を切るための制度が、「姻族関係終了」である。役所で「姻族関係終了」の届出用紙を取得し、提出するだけ。だれの承諾もいらない。夫側の家族と縁を切ることから、「死後離婚」と呼ばれたりする。

     先日のセミナーで、「姻族関係が終了しても、相続権はあるのか」と質問があった。質問者以外、参加者一同、「何それ?」とキョトンとしている。私は「姻族関係終了とか、よく知ってますね」と切り返し、会場の皆さんに、まず内容を説明。その上で、「相続権はあります」と回答した。夫の相続人としても関わりたくない場合は、家庭裁判所で「相続放棄」の手続きも別途必要となる。

     以前も、この話を講座・セミナーでしたことがあるのだが、参加者の女性陣の姿勢が一気に前のめりになったと感じたのは、私の思い過ごしだろうか。(山下)

  • 生きているうちに贈与すべきか

    生きているうちに贈与すべきか

     自分の財産は、亡くなったときではなく、生きているうちに贈与しておいた方がいいのか、という質問をよく受ける。答えは、「人による」なのだが、財産を死後ではなく、元気なうちに贈る(これを「生前贈与」という)ことの、一般的ないい点と悪い点を整理しておく。

    【生前贈与のいい点】
    ・「あげた」という実感を得られる
     元気なうちであれば、財産をあげたい人に、自分の手で、確実に、渡すことができ、さらに、もらった側から感謝されるなどの、触れ合いや実感を得られる。これは亡くなってからでは味わえない。
    ・自分の財産を減らせる
     資産をたくさん持っている人には、亡くなった後に「相続税」が課せられる可能性がある。この相続税を少しでも節約するために、生きているうちに資産を減らす目的で、積極的に財産を贈与する方法を取ることがある。財産を第三者に贈与すれば、当然、本人の財産は減り、結果的に、亡くなったときの相続税を減らすことにつながる。

    【生前贈与の悪い点】
    ・贈与税が高い
     人に財産を贈与すると、原則贈与税という税金が課せられる。この贈与税の税率が結構高い。もらう側一人につき、年間に110万円までは非課税となっているが、その額を越した贈与になると、渡した財産の額に応じて、税率もだんだん高くなっていく。
    ・本人の財産が無くなってしまう
     亡くなったときにかかる相続税がいくら気になるからといって、生前に贈与しすぎると、その財産はもう戻ってこない(自分の財産を失うことになる)ので、注意が必要。

     これらの「いい点」「悪い点」にもう少し付け加えると、祖父母から孫、父母から子への贈与は、相続時精算課税という制度が利用でき、贈与のときに税金(贈与税)がかからずに済ませる方法もある。ただ、これも財産状況によっては、デメリットとなることもある。その他、時限的に贈与税が非課税になる特例が使えることもあるので、税金が絡む場合は、税理士等専門家に必ず相談すべき。「賢く贈与」を行っていきたい。(山下)

  • 資格という「枠」について

    資格という「枠」について

     私は、行政書士だ。でも、仕事をする上で、自分が行政書士であるということを意識することはほとんどない。今の私の仕事は、相談者が抱えている問題の解決をお手伝いすること、であり、その手段として、行政書士という肩書きを使わせてもらっているという感覚だ。

     先日、「元」司法書士の先生にお会いする機会を得た。「元」と聞くと、もう高齢で、一線を退かれたのかと思われるかもしれないが、そうではない。その先生は、司法書士として20年以上のキャリアがあり、50代のまだまだ現役バリバリなのに、最近、司法書士の看板を下げた。

     いま力を入れているのは、個々の「家族」に対して、まるでその家族の一員であるかのように入り込み、その家族が抱える悩みや不安を抽出し、整理し、解決に導く、家族の頼れる「話し相手」「相談役」「コンサルタント」といった仕事。曰く「第3の家族®︎」。

     その仕事をしていく上で、「司法書士」の肩書きが、かえって邪魔になることがあるという。家族の悩みや課題は、当然「司法書士」の業務範囲だけに収まるものではない。家族のだれかが職を失ったといえば、ハローワークに同行したり、障害を持っている人がいれば、医療や福祉分野の人たちと連携したり。これ、司法書士の仕事なの?ということの方が、むしろ多かったりする。でも、お客様の家族が、どうしたらいいか分からずに困っているのであれば、この「第3の家族®︎」のコンサルタントが、家族の一員として、そうした悩みをいち早く察知して、対応していくという。

     この話を聞いて、私も思い当たる節があった。冒頭にも書いたように、私自身は「行政書士」という資格はあくまで手段であって、お会いする人が抱える悩みごと、困りごとは、どんなことでも相談してほしいし、役に立ちたいと思っている。ただ、相談する方は、そうは思っていないことがある。つまり、「山下さんは、行政書士さんだから、この分野の相談には、のってくれるけど、業務以外の相談にはのってくれないだろう」と、相談できることとできないことを相談者側が区分け、選別していることがよくある。

     行政書士という看板によって、世間の信頼を得ている一方、思いもよらぬ資格の「枠」にはめられてしまうことがあるということに、改めて気付かされた。私の喜びは、「あなたに相談してよかった」と言って笑顔になっていただけることであり、それが行政書士の仕事か否かは、全く関係ない。

     もちろん、全ての問題を私だけで解決できるわけではない。私ができないことは、私が窓口になって、私の信頼できる人につないで、解決まで伴走することができる。「自分は何者で、どんなことができる人なのか」の伝え方を、ひと工夫したい。(山下)