遺留分(いりゅうぶん)があるから、結局遺言書を作ってもムダだ、と言い張る人がいた。とあるセミナーでの一幕。しかし、決してそんなことにならないので、この言い分については、否定しておきたい。
そもそも遺留分とは何か。ときどき、「遺留分」と「法定相続分」(法律で定められた相続割合)をごっちゃにしている人がいるが、両者は意味が異なる。遺留分は、「遺言書がある」ことが大前提。まず遺言書があって、その上で、遺言書の内容により、遺産を「たくさんもらった人」と、「あまりもらえなかった人(または全くもらえなかった人)」がいる場合に、少なかった人(またはゼロの人)が、多かった人に対して、「もう少しくれ」と請求する権利のことである。
遺留分でもらえる額には限度があって、遺産全体の「半分」(相続人が親だけのときは3分の1)が、まず遺留分の対象。それに、自分の法定相続分を掛け算して、遺留分割合を算出する。遺留分を請求できるのは、配偶者、子、親だけで、兄弟姉妹は遺留分がないことにも注意。
サザエさん一家を例にすると、波平とフネの夫婦に、子どもが3人いる。波平が亡くなって、波平の遺言書に「全財産をフネに相続させる」とあった場合、財産をもらえなかった、サザエ、カツオ、ワカメの3人には、遺留分がある。遺産総額の「半分」に対して、自分の法定相続分(6分の1)を掛け算すると、一人当たりの遺留分割合は、12分の1になる。遺留分は「請求できる」のであって、請求しなくてもいい。遺留分の権利を使うかどうかは、個人の自由である。
このときの遺産の流れを説明すると、遺言書によって、いったん、フネに波平の遺産が全て渡る。その上で、子どもたちの中で、文句がある人は、個別に、フネに遺留分(最大12分の1)に相当するお金を請求する。しかし、もしかしたら、だれも遺留分を請求しないかもしれない。その場合は、フネは、遺産の全てをそのまま相続できる。だから、相続人全員で遺産分けの協議をすることなく、フネに財産を渡せる遺言書には、やはり大きな価値があるのだ。
遺言書には、遺言書を残す人が、自分の希望に沿って、財産を渡す人を決められるというメリットと、一方で、財産を受け取る家族側の視点で見ると、遺産分けの話し合いをしなくて済む、という利点がある。遺産分けの協議をする過程で、もめる家族が多いことを考えると、その協議自体を避けるために、遺言書の作成は、だれでもしておくべきだと言える。(山下)

