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    写し鏡

     「何事も人々がしてほしいと思う通りのことを他の人にもそのようにせよ」。人の悩みの90%は人間関係に起因する悩みであるという。(10%は病気と貧困である。)

     私だって常に人間関係は悩みの種だ。相手がなんでも許せる、目に入れても痛くない自分の子どもですらそう思う。しかし、人は人と生きている。人と生きていかなければいけない。ならば人に好かれた方がいいに決まっている。好かれれば毎日が楽しい。好かれれば協力してもらえる。好かれれば与えてもらえる。

     しかし、好かれることは難しい。なぜ私たちは好きな人と好きではない人、嫌いな人がいるのだろうか。しかも自分が嫌いな人がすべての人から嫌われているかというとそうではない。その人を好きな人もいる。好きか嫌いかはその人が決めている。その人が嫌いなその人を作っているといえる。なぜ好きか?あなたのしてほしいことをしてくれるからである。なぜ嫌いか? あなたのしてほしくないことをされるからである。

     相手が喜んでくれることをしてあげれば人は好かれる。ということである。じゃあやればいいじゃないかと思うが。行動するのは難しい。

     それから好きになるのが先か? 好かれるのが先か?という問題がある。相手が先に自分の好きなことをしてくれれば好きになれる。しかし、そんなことをお互いに待っていては、歩み寄ることがないのだから時間の無駄である。好きになるのが先である。好きになるから、好きになってもらえる。「〜するから〜される」。人は写し鏡だ。

     他責と自責という言葉がある。他責とは相手が悪い、相手が変わってくれたら私はこんな思いをせずに済む、というような思い込みである。相手が変わってくれるまで私は幸せにはなれないという最悪な考え方である。反対に自責とは、周りがどんな状況にあろうとも、私は私が気分が良くなる考え方や行動を選択する。という考えである。全ては私が選択できる。だから私は幸せである。

     遺産分割の争いは人間関係の問題である。決してお金の問題ではない。(宮村和)