私は、行政書士だ。でも、仕事をする上で、自分が行政書士であるということを意識することはほとんどない。今の私の仕事は、相談者が抱えている問題の解決をお手伝いすること、であり、その手段として、行政書士という肩書きを使わせてもらっているという感覚だ。
先日、「元」司法書士の先生にお会いする機会を得た。「元」と聞くと、もう高齢で、一線を退かれたのかと思われるかもしれないが、そうではない。その先生は、司法書士として20年以上のキャリアがあり、50代のまだまだ現役バリバリなのに、最近、司法書士の看板を下げた。
いま力を入れているのは、個々の「家族」に対して、まるでその家族の一員であるかのように入り込み、その家族が抱える悩みや不安を抽出し、整理し、解決に導く、家族の頼れる「話し相手」「相談役」「コンサルタント」といった仕事。曰く「第3の家族®︎」。
その仕事をしていく上で、「司法書士」の肩書きが、かえって邪魔になることがあるという。家族の悩みや課題は、当然「司法書士」の業務範囲だけに収まるものではない。家族のだれかが職を失ったといえば、ハローワークに同行したり、障害を持っている人がいれば、医療や福祉分野の人たちと連携したり。これ、司法書士の仕事なの?ということの方が、むしろ多かったりする。でも、お客様の家族が、どうしたらいいか分からずに困っているのであれば、この「第3の家族®︎」のコンサルタントが、家族の一員として、そうした悩みをいち早く察知して、対応していくという。
この話を聞いて、私も思い当たる節があった。冒頭にも書いたように、私自身は「行政書士」という資格はあくまで手段であって、お会いする人が抱える悩みごと、困りごとは、どんなことでも相談してほしいし、役に立ちたいと思っている。ただ、相談する方は、そうは思っていないことがある。つまり、「山下さんは、行政書士さんだから、この分野の相談には、のってくれるけど、業務以外の相談にはのってくれないだろう」と、相談できることとできないことを相談者側が区分け、選別していることがよくある。
行政書士という看板によって、世間の信頼を得ている一方、思いもよらぬ資格の「枠」にはめられてしまうことがあるということに、改めて気付かされた。私の喜びは、「あなたに相談してよかった」と言って笑顔になっていただけることであり、それが行政書士の仕事か否かは、全く関係ない。
もちろん、全ての問題を私だけで解決できるわけではない。私ができないことは、私が窓口になって、私の信頼できる人につないで、解決まで伴走することができる。「自分は何者で、どんなことができる人なのか」の伝え方を、ひと工夫したい。(山下)

