40年ぶりの再会

 私には忘れられない大切な友人がいる。K君。彼は小学2年生の時に私のクラスにやって来た。

 中国残留孤児。この言葉は、今の若い人たちには通じないかもしれない。終戦時、旧満州(現・中国東北部)で親と離別し、中国人の養父母に育てられた日本人の子どものこと。K君は、その2世として中国で生まれ、家族と共に帰国した。当時、もちろん日本語は話せない。彼は、小学1年生が使うような練習帳を使って、毎日ひらがなや漢字を一生懸命勉強していた。そして、クラスにも早くなじむようにと、担任の先生から、私は彼の「お世話係」に任命された。

 2、3年生の間はクラスも同じで、いつも一緒にいたように記憶している。最も印象深いのは、私の母がクリスマスケーキを手作りして、K君のおうちに届けたこと。そのときのK君の家族が喜ぶ様子は、私もいまだに覚えている。その後、クラスも別々になり、小学校卒業後は、私が、違う地域の中学校に進んだため、交流も全くなくなっていた。

 そんなK君と、先日、40年ぶりの再会を果たした。つないでくれたのは、私の弟。共通の知人からの紹介で、K君が、私の弟が営む整骨院を訪ねてくれたのだ。

 お互い歳を重ねはしたが、彼は、当時と全く変わらない、犬っぽい、優しい顔つき。会った途端、すぐに彼だと気がついた。聞くと、家族を持ち、30人の従業員を抱える会社の社長さんという。今までたくさん苦労はあっただろうに、そんなことはみじんも感じさせず、思い出話に花が咲いた。

 「たくしにはとても世話になったのに、当時、特にあいさつもなく会えなくなってしまって。ずっと気になっていたし、お礼を言いたかった」。その言葉に胸が熱くなる。クリスマスケーキのことも覚えてくれていた。私は、とにかく、彼が元気でいてくれたことがうれしかった。

 隣県とはいえ、実家に帰る以外、すっかり足が遠のいている故郷。自分の原点を振り返る、貴重な経験だった。(山下)