『一日一笑』

  • 「1点もの」の時代

    「1点もの」の時代

     クラシックバイクの査定額が、700万円! 相談者の財産目録を見て驚いた。曰く「こだわりの『1点もの』の車やバイクは、世界中で高値で取引されている」という。

     私も仕事柄、亡くなった方の「遺品整理」の手伝いをすることがある。その時、故人が大切にしていた「お宝」の話がよく出てくる。絵画、掛け軸、陶磁器、家具、ブランド品、着物、家電などなど。「高価買取」のチラシも最近よく目にするし、家族からすると、「売却すれば、そこそこの値がつくのでは」と期待するが、大抵の場合、二束三文であることが多い。最悪「ゴミ扱い」されることもあり、「お宝」の処分の難しさを日々実感している。

     一転、クラシックバイクは、話が違うらしい。愛好者が集うイベントは、日本中あちこちで開催され、自慢のバイクを披露し合っているという。また、やむなくバイクを売る場合も、専門のオークションサイトがあって、世界中から買い手が集まるようだ。

     相談者のバイクも、アメリカからの輸入品。それに、自分好みのパーツをつけたり、チューニングをしたりして、こだわりの「1点もの」に仕上げる。ただ、そのバイクは日々乗り回すわけでなく、毎日車庫でエンジンをかけて、「音」と「ビジュアル」を楽しむとのこと。乗るのは、イベントの時だけ。しかも、会場まで車でバイクを運ぶそうだ。何となく気持ちは分かる。

     フェアレディZ、GT- Rなど、販売終了した日本の旧車も、いま世界中で人気があるそうだ。かつての大量生産の時代から、他にはない、替えが効かない、「1点もの」の時代が、確実にやって来ている。好きなもの(こと)をどれだけ尖らせられるか。人間の生き方にも通じる話だ。(山下)

  • 一日一笑

    一日一笑

     「大家族経営〜働く人の幸せが一番〜」という、経営理念を掲げてこれまで13年間やってきた。働く人が幸せでないと、結局は人が辞めてしまい、会社が良くならない。いつもいつも人のことで悩んでしまう。そんな会社ではなく、社員同士みんな仲良くて、笑い声があって、そんなチームが考えてつくるサービスがお客様から選ばれ、喜んでもらい、結果として社会に必要な会社になっていくんだ、という妄想から、決めた「大家族経営」という言葉だった。それなりに人間関係や人を大切にするんだというこの価値観は根付いてきているように思う。

     先日、社員同士が結婚するという、非常に嬉しい出来事があった。2人ともかわいいかわいい社員である。相続漫才を担当している上田と広報活動を担当している佐々木、よくお似合いである。佐々木のお母さんはいつも笑顔でいる人だと聞いて素晴らしいお母さんだなと思った。なるほど素直でいい子が育っている。

     上田の父親は漫才師で、相続漫才を共に開発してくれた感謝している御仁であったが亡くなられた。上田は、上田の父親から預かった大切な社員である。相続を専門とするあかりテラスが相続漫才を相続し、息子の上田彪馬が相続漫才を引き継いで(相続して)一生懸命頑張ってくれている。

     上田の父親が大切にしていた言葉が「一日一笑」であった。この言葉をあかりテラスは引き継いでいきたいと思う。笑いは人間関係にも病気にも効く。人生を楽しむにも絶対に必要だ。(宮村和)

  • 最後の晩餐

    最後の晩餐

     「『最後の晩餐』は何がいいですか?」。講座の冒頭、こんな質問から始めることがある。参加者らは、いきなりの「縁起でもない」質問に戸惑っている。そして、私は一人一人に聞いて回る。

     「トロの握り!」。最後はぜいたくな食事をしたいという。別の人は「塩むすび」。昔母親が握ってくれた塩むすびの味が忘れられないそうだ。「最後は飯はいらん。焼酎を一杯」。大好きなお酒を飲んで締めくくりたい男性もいた。

     この質問の意図は、会場の緊張をほぐすこと、そして、もう一つ。この「最後の晩餐」の願いを、本当に実現しようと思ったら、だれかに伝えておかなければならない。そのことを知っておいてほしいということ。あくまで「最後の晩餐」は、自身の願い、希望の象徴。人生の晩年、自分のことが自分でできなくなったとき、何か叶えたい願いや希望があるならば、身近な人に話したり、紙に書いて残しておかないと、それは実現しない。最後の最後まで、他人任せではない、自分の人生を生ききるために。

     できれば、自分が重い病気にかかったとき、たとえば「延命治療をしてほしい、あるいは、しないでほしい」といった、命に関わる重大な決断についても、自分の意思として家族や周りの人に伝えておきたい。これを伝えておかないと、自身が意思表示できなくなったときに、家族を苦しめることになる。

     ちなみに、私の最後の晩餐は、「おもち」。毎年末にもちつきをして、正月にお雑煮やぜんざいにして食べるのが至高。「もちをのどに詰まらせて死ぬのが希望」というのは、半分冗談、半分本気。(山下)