『一日一笑』

  • 三日坊主

    三日坊主

     ブログを始めて3日目。もし今日でブログを止めたら、いわゆる「三日坊主」と呼ばれる。何かを始めても、続けるのは簡単ではない。だから、私の場合、ハードルは常に低め低めに設定する。今回も、「よく3日も続いた」と、まずは自分を褒める。そして、「これで『三日坊主』と呼ばれる条件に達した」と、発想はいつも前向きだ。

     年が明けて、やり始めたことがもう一つある。それは、「筋トレ」。こう書くと、「ジムにでも通い始めたのか」と大層なイメージをされるかもしれないが、そこは「ハードル低め低め」。朝起きてすぐと、夜寝る前の1日計2回、自宅で、腕立て伏せを10回、ブルガリアンスクワットを両足15回ずつ。たったこれだけ。なので、こちらはすでに1週間ほど続いている。

     そもそも、こうした小さな努力(努力と呼べるほど大したことではないが)は、人に話すことなく、1人で「やる」と決めて、1人で遂行する「不言実行」タイプ。今回は、珍しく、外部に発信してみた。これが、継続にどんな影響があるか。

     どれにしても、いつまで続けるとも決めていない。なんとなく始めて、なんとなく止める(というか、知らず知らずのうちに終わっている?)。それが自分流。自分に期待しない。それが続ける秘けつ、と勝手に考えている。さて、このブログの4日目はやってくるのか?(山下)

  • 遺言書作成をだれに頼むか

    遺言書作成をだれに頼むか

     遺言書の作成をする際、①自分1人で作るか②公証役場に行くか③司法書士や行政書士に頼むか。

     コスト面を重視すれば、低い順に①→②→③となる。①は、ネットの参照文を見たりしながら作れないことはないだろうが、内容が法的に問題ないか不安が残る。

     ①に比べ、②は法的に問題ないものができるが、遺言の作成者やその家族にとって、本当に最善の内容になっているのか(財産が渡った後の配慮やもめないための工夫など)について、公証役場側が作成時にどこまで説明したり、提案したりされたか、といった点まで考えると、なかなか難しい面もあるだろう。

     この日の相談は、子どものいない夫婦が、公証役場で、お互いに遺言書を完成させたケースだった。夫死亡時は全て妻に、妻死亡時は全て夫に。遺言書がない場合は、それぞれの兄弟姉妹に相続権が発生するため、子どものいない夫婦は遺言書がマスト。ここまではよかった。

     しかし、それだけでは足りない。なぜなら、夫婦であれば、通常どちらかが必ず先に亡くなる。たとえば、夫が先に亡くなった場合、次の妻の時は、遺言書に「全て夫に」と書いてある。しかし、その時すでに夫はこの世にいない。妻が遺言書で渡したかった夫がいない場合は、通常相続となり、妻の兄弟姉妹(親はいないと仮定)に相続権が発生する。

     今回は、兄弟姉妹に絶対相続させたくないケースだった。その場合は、「妻が先に亡くなっていた場合は次に●●(たとえばお世話になった人や団体など)に渡したい」という「第2希望」を、最初の遺言書の中にきちんと入れておかなければいけなかった。公証役場で作っても、この点が見落とされた。近々作り直しを検討するという。

     結局、遺言書を作る人と経験豊富な専門家とがじっくり話をしながら、いろんな状況を想定して作成できる③がおすすめだし、さらに言うと、③→②のコースなら万全。

     遺言書の内容は、家族ごとに「正解」が異なる。家族の状況も違えば、財産の内容も違う。遺言書の最大の価値が、遺言を作る人の希望を最大限反映し、同時に、将来の家族が円満に生活できること、とを両立させることにあるならば、多少費用を投じてでも、専門家と一緒に作り上げることを推奨したい。(山下)

  • 山の力

    山の力

     山都町の幣立神宮を初めて参拝した。

     国宝の通潤橋で有名な山都町。九州のほぼ中央、九州の「へそ」ともいえる場所に位置する。

     幣立神宮は、杉や檜の古木が立ち並ぶ林の中にある。前日の雪が残る、100段ほどの階段を上り、本殿に到着。さらに、社殿裏の雪道を山奥に10分歩いた場所にある水源池、東御手洗社にも足を運んだ。

     しんと静寂に包まれた木々の中で、清らかな気を胸いっぱいに吸い込んだ。おかげで、心身を浄化し、新年の決意を強くすることができた。山の不思議な力を感じた。またいつか山に行こう。(山下)